食べたければ動くしかない、という当たり前のことにちゃんと気付いたのは30代に入ってからだ。20代前半までは食べたい時間に食べたい物を食べて大して動いてもいないのに無傷という、世間からボッコボコに叩かれそうな日々を送る私であったけれど、20代後半になるとじりじりと何かがおかしい感が迫ってきていよいよ慌て出した。炭水化物を食べれば翌日にはあごの下辺りがむずむずして鏡を見ると輪郭が消えむちっとしているし、腰周りも徐々に様子が変わってきてスキニーが思うように履けなくなってくる。食べた分しっかり脂肪がつき、一旦ついた脂肪はなかなか落ちてくれないというようなことを周りから聞いてはいたが初めて実感した。ずっと痩せの大食いでやって来られたのは若さに救われていたからだし、これからはその若さが救ってはくれないのだからどうにかせねばなるまい。
と取り入れたのが、日常と非日常の食事をきっちり分け質と量でバランスをとるハレとケ食事法であった。弾ける週末と、その週末のために控えるウィークデー。頑張る日と頑張らない日があると頑張れる私にはこのメリハリをつけた方法がバチっとはまり、欲望と健康をうまい具合いに手懐けているぞよしよしと思っていたのだけれど、弾ける日に度を越えた弾け方をしているからかじわじわと体のメリハリは消え失せ始めぎょっとする。お昼にもりもり定食を食べ、おやつにミスドを3こ4こらくらく完食し勢いづいてお菓子にも手を出し、夕方ラーメンでしっかり〆たりしているのだから無理もない。とは言え満腹までは食べないように気を付けているし、ウィークデーはほぼ野菜や豆で過ごしているわけだからちゃんと相殺してほしいと思うのだが、一旦バグった30代の体が正常な働きを取り戻すにはそれなりの時間を要するらしい。子どもの頃あまりに食べるから両親に心配され、そりゃ当たり前よって話なのだけどお菓子の量も制限されていたから大人になったら誰にも何も言われずにめちゃんこ食べるぞーと意気込んでいたのに、今度は年齢という壁に制限をかけられて結構本気でしゅんとなる。体は老いていくのだという事実をうっかり忘れ、いや、たぶん想像しようともしていなかったし、今この瞬間が変わらずに続くんだと信じて疑わなかったのだから若かったんだなあと思う。
さてこういう状況を前にして、いよいよ消費することについて真剣に考えるようになった。体を動かすことは好きなタイプでゆる筋トレやゆるヨガは朝の習慣にしていたのだけれど、ゆるいことが問題なのかほとんど消費の役割を果たしておらず、心理的にも不完全燃焼感が強くてどうにかならぬものかとぐだぐだしていた時だったからタイミング的に最高で、しかも狙ったかのように突然ボクシングに興味を持つことになったものだから流れとは面白い。きっかけはひょんなことで、我が家は常日頃ボケたりツッこんだりする一家で私はほぼボケ担なのだが、その時問われたことに対して言語化できずにやきもきし「んむぉっ」と家族の肩にポンと入れたグーパンのツッコミが私を目覚めさせたのだ。私の内なる何かが騒ぎ出し、合っている感覚が体中を巡りちょっとこれはやるしかないみたいな気持ちがめらめらしてきてそのままの流れでミットとグローブの購入を家族に頼んだ。届くまでの間、Youtubeで初心者のミット打ち方法を調べ綺麗なフォームを頭に叩き込み気持ちをぐんぐん高める。やらないという選択肢のないミット役の家族にも、安全にパンチを受けるためのコツをつかんでもらうべく一緒に動画を観てイメージを高めてもらう。
さてミットとグローブも無事に届き、いよいよ実践を始めるぞと朝からリビングで2人面と向かうとめきめき気が引き締まって、初心者どころかまだ道具を揃えただけの人々なのにプロボクサーとトレーナーの顔になっていて笑った。ここまでの高まりようならば形から入ることの意義も大きいというものだ。左足を前に出し膝を軽く曲げ重心をやや前気味に構え、ジャブとストレートを繰り出す。バシュッバシュッ。バシュッバシュッ。おぉぉぉぉ… 実際に打ってみると思っていた以上に発散している感がすごくて、あからさまにすっきりした表情になったからかトレーナーもにまにまする。昔挑戦したシャドーボクシングが定着しなかったのは、シュッシュと空を切ることに物足りなさを感じていたからだとわかり、ミットを打ち抜けることの有り難みに浸る。自分の感覚はやっぱり正しかったという納得感にも大いに背中を押され、ワンツー、ワンツーが実にいきいきとしてきたがしっかりHPは消耗し30秒で息が上がった。アマチュアもプロも1ラウンド3分で戦い、それを何ラウンドも続けるというのだからほぼ化け物のレベルなんだなと恐れ入る。見るのとやるのとではこうも違うものか。全身をくまなく使い翌日には太もも、腰、腹、腕、背中と全てが筋肉痛でよぼよぼしていたけれど気持ちだけはみなぎっていたから、「ケガしたらできなくなっちゃうから無理はしないように」というトレーナーの言葉に従い無理しない程度に続けた。30秒を2ラウンド、40秒を2ラウンド、30秒を3ラウンドと徐々に負荷を上げ、2〜3週間経つと体も慣れてきて筋肉痛もしなくなったし、3ラウンドで合計5分くらいは打てるようになり続けることの価値を実感した。正直なところ体がだるい時もあって今日はさすがにできないかもと思う日もあるのだけど、グローブをはめてVaundyの風神を流しひとたび打ち始めてしまえばどんどん元気になっていくから人間とはすごい。これまでの人生で、とりあえず動けば状況は180度変わるということを理解してはいたけれど、ここまで痛感したのは初めてだ。「いいよいいよー丁寧に打ててるよー速い速い!」と、こっちの気持ちを鼓舞するのに長けまくっている人がトレーナーだというのもあって、よりパワーがもりもり出てくるのかもしれない。まあ何より、疲れるけど楽しいという気持ちが全身を駆け巡っていることが嬉しく、短くガッとやってふぅっとする頑張り方が自分には合うということに気付けたのは大きかったと思う。
その性質を見抜いていたかのように、「まいたけちゃんにはHIITが合ってると思うから、自分が出張の時とかはそれをやりなよ。実は最近ちょっとやってたんだけど」とミット打ちができない日の代替案をさらりと提示され、やっぱりトレーナーの資質がとんでもないなと深々お礼を言う。HIITというのは高強度インターバルトレーニングのことで、4〜5分という短時間で目一杯動きまくる運動らしい。目一杯と言っても5分間動き続けるわけではなく、20秒間激しい運動→10秒休憩 みたいな動き方を繰り返すというもので、一気に代謝を上げることで脂肪を燃焼させ筋肉量を増やす、効率派にもってこいのトレーニングだ。丁寧にじっくりという運動スタイルが苦手な私こそもう絶対にやるべきなのだ。すごいなと思ったのが、HIITをやると長時間カロリー消費が続くということ。高い負荷をかけたことで運動後も酸素摂取量が増え、エネルギー消費状態が続くかららしい。完全にデスクワークな私にとって知らぬ間に内側で燃え続けてくれるというのはまことに有難い。1日の活動1つ1つにより意味を持つし、ぐんぐん育っているような感覚になるのも楽しい。YoutubeでHIITを調べるとさまざまな動画が出てくるがいくつか試してみてお気に入りなのが、フィットネスインストラクターの竹脇まりなさんが行うHIIT動画だ。筋トレ系、ダンス系、所要時間もいろいろだから目的に合わせて選べるのが嬉しいし、何より一緒に頑張りましょう!スタンスで、動画内で「自分に負けない!負けたくない!」「生まれ変わるなら生きているうちに!」と明るく励ましてくれるのも力になる。最初は4分の動画1つでくたくたになり、ミット打ちで鍛えているはずの太ももも死んでHIITの過酷さ、特にスクワットの破壊力には恐ろしくなったけれど、やっているうちに大丈夫になるのだから不思議なものだ。強くなっていくのが楽しくて、2ヶ月経つ頃にはミット打ちとHIITのコンビネーションで30〜40分の運動が日課になった。数字に気持ちが左右されるタイプだから普段体重を計ることもないのだが、目に見えてメリハリがついたし人生で初めて太ももの表面がバキッとしたからこれはめちゃめちゃ筋肉がついたのではとわくわく体組成計に乗ってみる。すると、筋肉量32.25kg、筋質点数95点と出ておっ…?となる。この辺のことは全く無知だけれど95点と判定されたのだからそんなのは良いに決まっているだろう。トレーナーに結果を伝えると「もうアスリートだね」とただただぶったまげられて、そんなレベルで鍛えられていたのかとこっちもぶったまげて、その流れで体内年齢が21歳だったことも伝えると「そんな人見たことないよ」と褒められ呆れられた。「自分の相棒は21歳ですって紹介してもいいよ〜」とボケると「確かに嘘じゃないね」とあはあは笑い、これからも強くなっていこうぞと契る。その後、体内年齢10代を目指そうと2週間やり込んで測定すると、変わらず21歳のままでそう甘くないかと自省し、目指して頑張っても結果に出ないとやっぱり落ち込んでしまうから、楽しくやって結果的に10代になったらラッキー!の心構えで、気にしないことに決めた。なにしろ、しっかり完全燃焼するようになってから弾ける日のごはんがとてつもなくおいしい。当たり前だがよく動いているとおいしくごはんが食べられる。食べることに罪悪感がちっともなく、これはやめといた方が良いかなあとうじうじすることもなくなって、精神面でめちゃめちゃ解放された。翌日に顔がむっくりして3日くらいは輪郭が行方不明だけれど体に変化はなく、むしろたまにがぼがぼ入れることで細胞たちが怠けずじゃんじゃか働いてくれているのかすさまじく燃えている感がする。体がぽかぽかし、真夏でも汗をかきづらかった私が春先にちょっと外を歩いただけで全身に汗をかくようになったから、これはもう燃えまくっているのだろう。

食事と運動の関係がここまで親密だということにだいぶ遅いが気付けて良かった。これからもじゃんじゃん動いてじゃんじゃん食べようと思う。それにしても我が家にはとんだ名トレーナーがいたのだな。